『利根川の放水路を歩く 未完の東遷完成への提言』たけしま出版刊
(以下書評は、2024年2月27日に開かれた『利根川の放水路を歩く 未完の東遷完成への提言』出版の集いにおいて出席者に配布されたものです。)
書評:
『利根川の放水路を歩く 未完の東遷完成への提言』
評者:石井一彦
江戸初期まで東京湾に流れていた利根川を、現在のように千葉県銚子市で太平洋に注ぐように流れを変える作業を利根川東遷という。 東遷が行われると利根川沿いの町々では洪水が頻発するようになる。しばしば洪水に見舞われた霞ヶ浦沿岸で暮らした経験のある青木更吉氏は洪水による被害に心を痛めた。
そして「利根川本流になぜ放水路がないのか」という疑問から取材を始める。
やがて青木氏は利根川の全流域に渡って、すべての放水路を訪ね歩くことを思いつく。フツウの人はそんな途方もない企ては思いつかない。冷静に考えると狂気の旅である。ところが、なんと道連れがいた。
もう一人の著者當麻多才治氏である。本書の一章から五章までは、狂気の旅のレポートなのだ。
二人は土木技術者ではなく、郷土史家なので、行く先々で、興味を引く史実に出会うと、持ち前の馬力で深く掘り進んでゆく。話が先に進まない。そこが類書にないこの本の魅力だとも言えるが、著者に誘われてラビリンスに迷い込み、途方に暮れる読者がいるかもしれない。
ところが第四章「印旛沼掘削工事」から一気に流れが加速し始める。この本のクライマックスとも言える。いつの時代でも社会情勢によって翻弄され続ける民衆に同情し、為政者の身勝手さに憤りを覚える。
さらに国道16号線の地下放水路や鹿島灘への放水路について論じた第五章を経て、終章「利根川東遷完成への提言」へとなだれ込む。
この終章は政治家でも、建設官僚でもない二人が思い描くファンタジーだが、狂気の旅を経験した二人だけが見られる夢なのだろう。もう十分大人になった二人が見る夢は、若々しく美しい。
評者は佐藤春夫の小説『美しき町』を連想した。
(石井一彦 私設図書館本とカタツムリ)
青木 更吉著
當麻 多才治著
たけしま出版
A5
本体価格:2400円
歴地
ISBN978-4-925111-71-3
- 2024.03.04 Monday
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- 18:40
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